映画『ミステリアススキン』考察―あらすじ・配信・上映館
映画『ミステリアス・スキン』は、児童性 的虐 待(CSA)が子どもの視点から語られており、性 被害がその後の人生にもたらす、複雑で長期的な精神的影響を的確に模写した、類をみない作品です。
あらすじ
8歳の時に同じ野球のコーチから性 的に搾取されたニールとブライアン。ブライアンは意識を失い、事件の断片的な記憶を「悪夢」として繰り返しみる度に「宇宙人に誘拐された」と信じるように。男 娼になった18歳のニールは、性 的な快楽に依存しながら、危険な状況と常に隣り合わせにいる。2人の全く異なる生存戦略が交差する時、抑圧された記憶が浮かび上がる―。
配信・上映館・DVD・どこで見れる?
劇場名:
Morc阿佐ヶ谷
シアターギルド代官山
下高井戸シネマ
🎥最新の上映情報はSundae FilmsやFilmarksで確認できます。
日本ではサブスク配信未対応ですが
📀 AmazonでDVD購入できます。
感想・考察
『ミステリアス・スキン』を観ると、子どもを対象にした性 行為が、如何なる理由でも許されないことが、追体験するように理解できます。
とくに「幼いから分からない・覚えていないだろう」「快感を覚えさせたなら良いだろう」などという「終わり良ければすべて良し」というような、性 加害者や傍観者にとっては都合の良すぎる解釈が全く通用しないことを見事に表現しています。
トラウマの記憶が一部消えるブライアン
ブライアンのケースからは、被害者が「幼いから分からない・覚えていない」は、間違いであることが分かります。
確かにブライアンは、理解するどころか、被害の記憶を一部のみ失うというトラウマ症状「選択的健忘」が見られます1。
ですが、完全に忘れた訳ではなく、なにが異常なことが身に起きたことを潜在意識で認識していました。
そのため、意識を失ったり、悪夢やフラッシュバックとして記憶が断片的に蘇ったり、「宇宙人に誘拐された」と記憶を改ざんしました。
思春期の時に性 的な接触を迫られた際も反射的に拒絶し……様々なトラウマ症状が継続・新たに発症していたのです。
性依存症になって命を削るニール
ニールのケースでは、加害者の「快感を覚えさせたなら良いだろう」が傲(おごり)であり、仮に快感を覚えさせたとしても、無害ではないことが分かります。
ハロウィンの夜、ニールが男児の口に花火を入れて着火し怪我を負わせた後、男児を慰めるために自分がコーチにされていたことを男児にするシーンがあります。
他人の口や性 器を自分の好き勝手に扱っても良いと学んでしまっていて、倫理観に悪影響を及ぼしている様子が描かれています。
さらに十年後、ニールは男 娼になり、性 的な快楽を自発的に追求する一方で、性 病にかかったり、暴行を受けたり……お金で他人の体をぞんざいに扱う権利を買えると勘違いした客によって、危険な目に幾度も遭っています。
それでも辞められないのが、いわゆる「セッ クス依存症(強迫的性行動症、性 嗜好障害・性 依存ともいう)」2の特徴です。
ニールが性 依存になる土台は、コーチと出会う前からでき始めていたようにみえます。
シングルマザーの母親がベッドの下に”隠していた”成人女性向け雑誌『プレイガール』の影響から、ニールは成人男性に恋愛感情を持ち、コーチに一目惚れしました。
セクシャリティは個人の自由ですが、人を性 的対象化する(人を性 的なモノとして扱う)画像が満載の媒体が幼い頃から目に付くところにあると、それが正常であると無意識に植え付けられる危険性は否めません。
父親的な存在がいなかったニールにとって、コーチが自分を特別扱いし、自宅に招いて夜までゲームをさせてくれ、奔放な母親さえ買ってくれないお菓子をいくらでも食べてもいいと言われ、有頂天でした。
それらが全て、性 加害者が標的を操るための「グルーミング(手なづけ)」だと気づきません。
そうやってニールは、心の穴を性 的な快楽で埋めることを覚えたと同時に、他のあらゆる手段を学ぶ機会を失ったまま性 依存になったのです。
トラウマ注意
『ミステリアス・スキン』はトラ ウマを誘発させる可能性があります。
私自身、音声を低くしたり、直視できないシーンが複数ありました。
グルーミングや、「同意」の上で快楽を得ているように見える場面。
血が流れるほどの暴行が続くシーン。
「心身が蝕まれていく幼い魂のもがき」が真摯に描かれているからこそ、痛々しく、息が詰まるかもしれません。
無理せず、ご自愛ください。
「魂の殺 人」の影響(実態と対策)
殺 人事件と違って、性 被害の証拠は目に見えないことが多く、被害者はいつまでも助けを求められず、加害者は再犯を繰り返えしやすいという特性があります。
特に加害者は「家族」や「顔見知り」が8割以上という統計があり、家庭内などの密室な場所で、信頼関係を悪用した犯行であることが圧倒的に多いことも特徴的です。
信頼していた人から侵害されたことによる衝撃が大きすぎると、被害者の体内で様々な防衛本能が作動します。
「ファイト・フライト・フリーズ(戦う・逃げる・硬直する)」が有名ですが、幼い頃から日常的に虐 待を受けていると、絶望のあまり「フォーン(迎合)」するようになります。
単発のトラウマによるPTSDよりも深刻な「複雑性PTSD」を発症し、あらゆる精神障害が併合したような状況になり、誤診されることも少なくありません。ブライアンとニールのような精神疾患を併せ持つケースもあります。
例えば、多数の人格を形成することで記憶を封印(解離性同一性障害といい、昔は「多重人格」と呼ばれていました)することで、被害を自覚するまでに何十年もかかることがあります。
また被害を認めたくないばかりに加害者をかばったり(性 的虐 待順応症候群)、無意識的にトラウマの再演をしてしまい性 被害に遭い続ける状況から抜け出せなくなったり……。
たった1人で訳もわからなく苦しみ続けやすいことから、若年層の男女ともに死亡の原因が一位である自 殺率の高さ3も無関係だとは思えません。
性 犯罪者が捕まったとしても、数年だけ服役したら、更生プログラム(加害者も元性 被害者であることが多く、再犯率を下げるためにも精神治療が必要)も受けられないまま、再び社会に野放しにされます。
この世は、性 被害者には厳しく、性 加害者には甘い。理由はシンプルで、被害者はあらゆる面で弱い立場にいて、加害者はあらゆる面で強い立場にいるからです。
お父さんや先生、社長さんやお巡りさんが子どもに手を出したら、金・地位・名誉を失いますが、子どもを黙らせれば、現状を維持できます。
自分の首の皮を繋ぐために、子どもを精神的に追い込んだ代償が、雪だるま式に社会全体にのし掛かってくることまでは考慮されません。
権力者が性 犯罪で捕まることもありますが、氷河の一角に過ぎず、既に起きてしまった被害は取り返しがつきません。
性 犯罪者をキャッチアンドリリースするが関の山になっている「性 犯罪者を増産する社会構造」は先述した通り。
更生プログラムに力を入れている場所は存在しますが、需要に供給が追いついていません。4
日本では「島根あさひ社会復帰促進センター」があるくらいです(ドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』を参照)。
このように、子どもを性 犯罪から守るには、社会のあり方の抜本的な変化が必要です。
経済力のための出産率向上という下心を恥じることもなく、子どもの人権を尊重しない大人や、未成年が親になってしまい、ニールのように心に穴のあいた子どもが増え、自 殺者も絶えない。
「人類滅亡を加速させることがSDGs(地球全体の持続可能な未来)への最短ルートなのだ」と開き直ってくれた方が分かりやすいです。
「反出生主義」なんて肩身がせまくて言いにくいですが、社会のシステムが破綻しているのに、子作りだけ一人前で、育児は経済力でなんとかなるという安直な考えが信仰されているから、本末転倒な結果になっているのだと思います。
人の手本となる立場には勉強や資格がいるはずなのに、親だけは無免許なのも可笑しな話です。
日本の性的同意年齢は2023年7月にやっと13歳から16歳に引き上げられましたが、課題は山積みです。5
バイトも許可されていないことが多い学生なのに、親になるリスクと責任は背負わせられるのです。
子どもから尊敬される親もいることは把握しています。
瞳の輝きが極めて強い人は「親を尊敬している」「親が味方」と言われている率が高いと感じます。
親の人格が、子どもの人生に良くも悪しくも強い影響を及ぼすことを思い知らされます。
問題は、「毒親」とも言われる酷い親や社会の体制による影響が破壊的で、全体の足を引っ張っているということです。
私は、家系を自分の代で終わらすことが、世代間トラウマや被害拡大の防止につながると考えています。
育児をしない余力で、全ての子どもと大人に共有したいことがあります。
口や水着で隠れる体の部位は自分だけの大切な場所だから、お互いにそこを触ったり見たりしないようにしようということ。
万が一、触ったり見たりする人がいて、その人が自分の親であっても、嫌だと思っていいし、「やめて」と言っていい。逃げて、誰かに相談してほしい。
「やめて」と言って止める人ばかりではないでしょう。すぐには逃げられないかもしれないし、誰も信じてくれないかもしれない。
でも、気持ちを押し殺さなくてもいいということを事前に言葉で予習できているといないのでは雲泥の差があると思います。
万が一嫌なことをされた時に、自分を責めなくて済むからです。
実際、子どもの頃に性被害に遭っている人の多くは、嫌なことが起きたのは自分のせいだと自責してしまうこと傾向にあります。
この性教育の基本だけでは、全てのシナリオをカバーすることは不可能かもしれせんが、学校や政治や司法や警察や刑務所やシステムを変えるよりは簡単にできそうではないでしょうか。
他人との境界線(バウンダリー)を認識することは、健全な人間関係のためには必要不可欠です。
負の感情に蓋をせずに認め、必要に応じて「NO」と言えることは、子どもの自己肯定感を育むためにも重要だと思います(YouTuberりおなちゃんの動画で説明される「断り方」が秀悦で、12:49から必見です)。
性教育を学校で語っている助産師・遠見才希子さんの絵本『うみとりくのからだのはなし』が老若男女に教材としておすすめなのですが、基本を踏まえつつ、したいこと・されたいこともTPOで変わること(変化する心の性質を捉えている)も表現されています。
ルール作りで課題になりがちな「応用」のニーズにも対応しているところが抜かりなく、もっと評価されてほしい一冊です。
あとがき
『ミステリアス・スキン』は、CSA当事者である私にとって非常に大切な作品です。
2004年に初公開されてから20年以上も経過して初めて日本で公開されたというほど、十分に認知されていないと感じます。
私は、ブライアンとニールのハイブリッド+αのような人間ですが、児童 性 的虐待の当事者による目線で描かれた作品をずっと探してきました。
トラウマによる記憶の喪失や、解離性障害などの精神疾患を扱った主人公などにはありますが「大人になってからのトラウマ」や「事件のショック」によるPTSDが大半です(『メメント』『ファイト・クラブ』など)。
小さい頃から本人も周囲も気づかない日常の中で、精神が徐々に蝕まれていき、問題発覚の頃には手遅れという、現実的なサイコスリラーを求めていた私には「ややドラマチックすぎて現実味が薄れる」という不満もありました。
しかし複雑性PTSD──とくに幼少期の性 的虐 待を題材にした作品となると、英語圏のドキュメンタリーが中心になります。
CSAをテーマする上で、フィクションの限界を感じていました(問題提起として素晴らしい『闇の子供たち』や『正欲』も、子どもの視点では描かれていません)。
検索に検索を重ね、ようやく辿り着いたのが『ミステリアス・スキン』でした。
初公開から20年以上経っても新鮮に感じるのは、子ども視点からCSAの実態を描くフィクション作品が極めて少ないからだと思います。私は他に知りません。
一方でネット上には、未成年を性 的対象化する 児 童 ポ ル ノにしか見えないアニメ調の広告やコンテンツが至る所に転がっています。
東京オリンピック前まではコンビニにも不適切な媒体が堂々と陳列されていました(漫画家の田房永子さんが雑誌『エトセトラ』で痛快に記録しています)。
加害者(猥 褻表現を求めること自体が業界の繁栄に加担しています)の欲望に応えながら、加害者予備軍を育む表現は溢れ返っているのに、被害者の視点を描いた作品は、極端に少ない──それは、社会の優先順位の歪みを象徴しているように思えます。
人工AIにも障害もあります。
私が被害者の目線で書いたCSA関連の記事について、AIの意見を求めようとすると、削除されます。
ChatGPTには自動検知機能があり、「性 的虐 待(CSA)」や「自 殺」「暴 力」などのセンシティブな話題に関する一部の表現が、システムによってブロック・非表示になることがあります。
これは悪意のある投稿や、誤用を防ぐための措置ですが、本当に必要な当事者の表現や訴えまでもが巻き込まれてしまうケースがあるのです。
これが現代の人間の限界です。
人間のような返答はできるAIも、人間に設定されたワードを検知しただけで、文脈がそっちのけになってしまい、被害者と加害者の分別もつかなくなってしまう。
言い換えればCSAは、賢いとされている人間さえも思考停止にさせてしまうほど、深刻な犯罪であることが最先端なテクノロジーの世界でも体現されているということです。
加害者を規制しようとして、被害者の声が届きづらくなる……そんなバグ、宇宙ロケットを飛ばすより簡単そうですが、ロケットの方が簡単のようです。
それほどCSA啓発・防止には世間の意識と行動の注力が足りていないのだと思います。
だから『ミステリアス・スキン』のような稀有な作品が、当事者の私が認識するまで四半世紀近くかかったのだと思います。
この映画は、観る人を選ぶかもしれません。でも、必要としている人には届いてほしい。
いくら誤解されようと、黙らせられようと、消されようと、被害について被害者の視点で表現し続けることは、奪われてきた権利を取り戻すことだけでなく、存在意義そのものだと思うから。
クレジット
監督・脚本:グレッグ・アラキ
原作:スコット・ハイム『謎めいた肌』(ハーパーコリンズ・ジャパン刊)
出演:ブラディ・コーベット、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ミシェル・トラクテンバーグ、ジェフリー・リコン、ビル・セイジ、メアリー・リン・ライスカブ、エリザベス・シュー
音楽:ハロルド・バッド、ロビン・ガスリー 音楽監修:ハワード・パー
2004年|アメリカ|英語|105分|アメリカンビスタ|5.1ch|原題:Mysterious Skin|字幕翻訳:安本熙生
配給・宣伝:SUNDAE©️ MMIV Mysterious Films, LLC
原作『Mysterious Skin(謎めいた肌)』
スコット・ハイム著の原作である同名の小説『Mysterious Skin』や、和訳版『謎めいた肌』は、AmazonにてKindleやペーパーバックとして購入可能です。
- https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/08-精神疾患/解離症群/解離性健忘 ↩︎
- https://www.amazon.co.jp/セックス依存症-幻冬舎新書-斉藤-章佳/dp/4344986040 ↩︎
- https://jscp.or.jp/overview/truth.html#:~:text=男女別にみると、男性,自殺となっています。 ↩︎
- https://pacr-lab.net/2019/08/05/lifers-review/ ↩︎
- http://spring-voice.org/活動理由/ ↩︎
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